東北本線 一ノ関~盛岡間は明治23年(1890年)11月1日に単線で開業した区間になります。
開業当時の駅は 一ノ関-前沢-水沢-黒沢尻(現:北上)-花巻-日詰-盛岡 と現在と比較して
かなり少ない駅数だったことが分かります。
平泉駅が開業したのは、明治31年(1898年)5月28日のこと
さらに、平泉~前沢間に昭和20年(1945年)8月15日に衣川信号場が開設されました。
衣川信号場は東北本線の複線電化に伴って、昭和41年(1966年)4月21日に廃止されました。
東北本線のルートは複線電化の際、それまでの山の縁に沿ったルートから、
トンネルで短絡するルートへと変更されています。
当時信号場を駅に昇格という陳情もあったようですが、結果的に廃止されました。
余談ですが、この時の陳情の中に前沢駅の跨線橋設置が含まれています。
※ ↓の画像にマウスを重ねると、廃線ルートを表示します
国道4号線平泉バイパス入口から東へ車を進めていくと・・・ あれは!!! MAPの①の地点から 旧衣川信号所跡地 この場所についての内容はまた後で(笑) |
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MAPの②の地点 上り 平泉・一ノ関方面 現線との分岐箇所と思われる地点です |
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MAPの②の地点 下り 前沢・盛岡方面 |
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MAPの②の地点 東北本線を背に、東側に建立されている碑 |
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MAPの③の地点から 廃線は画像左側の建物を通っていたと思われます。 |
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MAPの④の地点 現線とのアンダーパスとなっている地点です。 次の画像はこの付近から右(盛岡方)を撮影したものです。 |
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MAPの④の地点 上の画像のアンダーパス手前から右(盛岡方面)の画像。 この小高い部分を通っていたと思われます。 奥に民家が見えます。 次の画像はこの民家を通り過ぎた地点です。 |
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MAPの④の地点 民家を通り過ぎると、広場が広がります。 旧線は画像右側の建物の横を通っていました。 |
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MAPの⑤の地点 広場を通りすぎると、道路が現れます。 ガードの奥の方は鉄道由来の曲線を描いています。 |
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MAPの⑤の地点 ガード下を盛岡方に進んで行きます 正面の赤い屋根の民家付近で道路と合流します。 |
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MAPの⑤の地点 後ろを振り返ってみましょう。 ゆったりとした曲線がいかにもという感じです。 |
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MAPの⑥の地点 道路との合流地点です。 矢印の部分が旧線部分です。 |
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MAPの⑥の地点 合流地点を逆から見てみます。 |
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MAPの⑥の地点 続いて合流地点から盛岡方面を見てみます。 旧線は右の民家に差し掛かる位置にあったと思われます。 |
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MAP-1の⑦の地点 舗装路のから分かれている農道?へ 現線へ合流しそうな雰囲気♪ ・・・ しかし! この位置で合流していなかったと思われます! これには複数の理由があります。
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赤丸の地点 ここは北上川に支流の白鳥川が合流する地点です。 なんとここに・・・ 複線の現線の東側に、単線の橋脚が! 画像右が盛岡方面 |
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振り返って一ノ関方面 上の盛岡方面の画像では、木が生い茂って確認できませんでしたが、 この画像では軌間の幅にへこみがあるのが確認できます |